40歳を過ぎても“不惑”にならない、迷えるオヤジの日記

気を遣わず、忖度せず、批判せず、気ままに思ったこと、やったことややりたいこと、何でも綴ります^^

“台湾”と繋がってから、いまに至るまで。そして“台湾”への想い:その1

10数年前に出会い、私の人生に多くの経験と実りをくれたEmilyは、複雑な想いもありますが、今でも変わらず特別な存在。

 

Emilyとの出会いをきっかけに、アラサーにして台湾留学を決意。

2008年から2009年にかけての半年間の留学生活、当時、中国語が全く話せない私は“ゼロスタート”で、留学を斡旋してくださった方のアドバイスもあり、割と優しく中国語を学べる台湾師範大学語学センターに留学することを決め、滞在先は、現在の新北市新店(現在は合併しており、当時の市区町村の名称を忘れました…)にある国際学舎。

国際学舎は山の上にあるため、決して交通の便が良いとは言えませんが、安価に滞在でき、日本人の方々も多く(恐らく全体の40%くらいは日本人)、“ゼロスタート”の私にとっては、とても助かる環境で、受付で日本人の方々をサポートされていた、日本人のMiwaさんに、とても助けられました。

 

台湾に到着した当時を簡単に振り返ると……

成田空港から桃園空港に到着し、持参していた地球の歩き方を片手に、桃園空港のバス乗り場から台北車站までバスで移動し、MRTに乗り換え、国際学舎の当時の最寄り駅「新店市公所」まで移動。しかし、ここからが甘かった…

 

土地勘がない私は、最寄駅から国際学舎まで、重量30kgオーバー(超過料金を支払いました…)のスーツケースを引いていけるものと思い、徒歩で移動を開始。留学を斡旋してくださった方からいただいた地図を見ながら、国際学舎がある山のふもとのファミリーマートに到着。山の上を見上げても先が見えないどころか、急斜面、急カーブの連続……スーツケースを引くことができず、押しながら国際学舎に向かって歩き出しました。

なかなか国際学舎には到着せず、見るからに重そうなスーツケースを押しながら急斜面急カーブを歩いて登るアジア人をどう思ったかはさておき、車を運転する女性が私のスーツケースをトランクに乗せて国際学舎まで運んでくださり、ヘトヘトだった私を救ってくださったのを今でも鮮明に覚えています。これが最初に触れた台湾の方々の優しさでした。

 

国際学舎に滞在することがしっかり伝わっていたこともあり、受付もスムーズに完了。そのまま部屋に通され、5階角部屋の個室。社会人一年目の六畳一間の生活を思わせる懐かしさとワクワク感が入り混じる感覚の中、いよいよ、台湾生活(初めての海外長期滞在)が始まります。

 

つづく…